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『天地人』 第15回「御館落城」
越後の春には彼岸花が咲く・・・!?

御館を落ち延び、鮫ヶ尾城に籠った景虎が自害して果てたのは天正7年3月24日のことでした。
なぜか能舞台らしきところで、最期を語り合う景虎と華姫。二人の最期の会話はしっとりしていてよかったですが、最期を迎えんとする景虎の背後になぜか曼珠沙華・・・
曼珠沙華は真っ赤な花弁が炎のようで、「地獄花」などの異名も持っていますので、死につながる花というイメージからの連想で、自害する景虎の背景に配したのかもしれません。
イメージという面ではわからないではないのですが、季節を全く無視した演出というのはいかがなものでしょうか。
花を配するのなら、ありふれた演出になってしまいそうですが、桜吹雪を散らしたほうが、季節柄相応しかったと思います。あるいは、黄泉の国のイメージを持たせるなら、山吹に清水を配した演出もありかなあと・・・(万葉集にある、高市皇子が十市皇女の死を悼んで詠んだ歌「山吹の立ちよそひたる山清水 汲みにいかめど道の知らなく」からの連想)
前に雪のない越後の冬を描いたことがあり、あれは完全な手抜きとしか思えませんでしたが、今回のは妙にイメージを働かせたがゆえに、季節感のない演出になってしまったという気がします。
越後の春に彼岸花はもちろん咲くはずがないでしょうし、景虎さまが自害したのは秋ではなく、弥生3月です。

今回の「おつかい」は、兼続くんではなく、お船さんでした。御館の仙桃院さんを説得に行くという。
それを聞いた信綱さん、大いに反対します。が、お船さんは兼続くんの「紅葉の如き家臣」の話を持ち出して、反対する夫を説得します。またも信綱さんの前で兼続くんの話をするお船さん。信綱さん、あれで納得したのでしょうか。よくわからない夫婦です。
御館に赴き、仙桃院さんに面会したお船さん、主筋の仙桃院さんに対して、ものすごいことを言っていました。
要約すると、
「そもそもこの戦の原因を作ったのはあんたの嘘のせいなんだから、責任とって生き延びて、最期まで見届けなさいよ」
あの場にいたお船さん自身の責任の行方はどうなのでしょう。主に対する暴言の上に責任転嫁・・・(こんな脚本、やめてください)

お船さんの暴言に納得したらしい仙桃院さんは、景虎さまに降服を勧めにいきます。
その時に仙桃院さんが語ったことは、あたらずとも遠からずだったのではと思います。
謙信がどういう思いで景虎さまを養子にしたかという話は飛ばすとして、景虎自身が「悲しみ」と様々なトラウマを抱えて生きてきたであろうことは、想像を絶するものがあります。
「大切なもの」を守るために、降服の道を選んだ景虎さまでしたが、その証として送り出した子の道満丸は殺され、自身もやむなく御館を落ち延び、やがて最期の時を迎えます・・・

御館の乱の火種は景虎の死後もしばらくくすぶり続けますが、ひとまず景虎の死によって戦は収束します。それにしても戦闘のない戦でした。
越後府中は焼かれたはずなのに、見事に飛ばされ、対景虎戦のはずが、対武田対策に摩り替えられ、重臣たちは暢気に集まって議論しているばかりでそれぞれの持ち場に行こうとしないし、とても間の抜けた「御館の乱」でした。
そして結局最後まで御館の主は登場せずじまいでした・・・

結局この戦を陰で操っていたのは、遠山康光だった、という設定のようです。(道満丸を暗殺したのもどうやら遠山らしい・・・)
最後の最後に兼続くんら上田衆が、景虎さまに殿の真意を伝えていましたが、それでは、景虎さまが追い込まれる前になぜ伝えなかったのでしょうか(実際にドラマで語った「真意」はありうべくもなかったからにほかなりませんが)。
「戦う理由」の見えない、なんとも間延びした御館の乱でした。

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『天地人』 第14回「黄金の盟約」
高坂弾正との約定にもかかわらず、武田が攻めてくるということを知った景勝サイド。
再び、兼続くんが武田との交渉の使者になることを殿に申し出ます。が、今回もいとも簡単に却下されます。
武田に攻められては終わりだと、死ぬ覚悟の殿を初めとする上田衆の面々。殿は引きこもり部屋と化した毘沙門「洞」へとの引きこもってしまいます・・・
なんか、皆さん、本末転倒なことをしていませんか?そもそも戦っている相手はだれだったの?
それを忘れてしまったかのように、「討死覚悟」って・・・殿を初め上田衆の即物的なものの見方(彼らにそういう見方をさせる脚本の陳腐さ)に失笑してしまいました。
このとき唯一まともだったのは兼続くん一人だったわけで、その点は評価できるでしょうか。
そして再び兼続くんとお船さんの密会。お船さん、信綱さんのことはもうどうでもいいのでしょうね。あわれな信綱さん。

なんとか殿の気持ちが変わって、兼続くん、再び武田の下へ。上田衆がそろいも揃って兼続くんのお供をします。殿の護衛はいいのでしょうか?
農民の姿に身をやつし、景虎方の兵に見咎められるが、難なくやり過ごし、武田の陣に行き着いた兼続くんらは今度は御大将直々に謁見します。
「高坂弾正との約定など知らん」、やはり思っていたとおりでした。兼続くんたちの身なりに苦言を呈し、兼続くんの話には耳を貸そうともしない勝頼でしたが、黄金を見るなり人が変わったようになって・・・まるで時代劇にありがちな悪代官さながらでありました。
勝頼との交渉は上首尾に終わり、再び意気揚々と帰還する兼続くんご一行様でありました。

そういえば、ドラマ冒頭で、兼続くん、牢に入れられていましたが・・・
どういう経緯で牢に閉じ込められることになったのか、見逃したのですが、惣右衛門さんが出してあげていましたね。
あのままずっと(ドラマ終了まで)閉じ込めておけばよかったものを。甘い父親です。この親にしてこの子あり、といったところでしょうか。


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『天地人』 第13回「潜入!武田の陣」
先週、兵糧は確保したが、景虎の実家北条氏に呼応して甲斐の武田氏が動き出した・・・
という話でいいんですよね?なんだか連携もないままに、武田が勝手に上杉領を狙って動き出してる感があるのですが・・・
一難さってまた一難。
ない知恵絞って一生懸命考えた末、武田と手を結ぶというグッドアイデアを思いついた兼続くん。
ところが殿に「無理!」と言われ、却下されてしまいます。信綱さんはじめ他の家臣の方々も、「馬鹿じゃねーの?」みたいな態度で兼続くんを見下しています。
どうしても自分のアイデアを採用してもらいたい兼続くんは、毘沙門「洞」にこもる殿のもとに行って説得を試み、自分が使者になることを志願します。
泉沢と弟与七を引きつれ、武田の陣に潜入・・・「潜入」というから、こっそり武田の陣中に紛れ込んで、またもぼこぼこにされるのかと思いましたら、兼続くん、直垂姿で高坂弾正と面会。
高坂さんは、先週も登場していましたが、「親上杉」派のようでした。
和議を申し入れる兼続くんにすぐさま賛同。自分のアイデアが上首尾であったと、兼続くんは意気揚々と春日山へ帰るのでありました・・・

しかし、それでいいのか?
高坂弾正は見るからにこの先長くはなさそうだったし(勝頼のもとに使者を走らせる前にお亡くなりになるやも知れないような状態。)、武田家の重臣(かつての?)に太鼓判を押されたからとはいえ、勝頼とはそりが合わないみたいだったし・・・。武田家の内部事情もよく知らないで、うかつに喜んでいていいのか、兼続くん。

ところで、この一連の流れは「御館の乱」ですよね?
景虎VS景勝という対立関係が中心にあっての武田氏なり北条氏なりの登場だと思うのですが、対立関係の構図がまったく見えてきません。北条も攻めて来るみたいですが、武田や北条がそれぞれ勝手に景勝と戦っている(実際の戦いのイメージもわかないので、勝手に動いている、といったほうがいいかもしれません)という印象をぬぐいきれません。
御館の主(上杉憲政)はなぜか不在ですし・・・

そしてまたしても登場した信長と初音。はっきり言って気持ち悪いです・・・





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『天地人』 第12回「命がけの使者」
景虎VS景勝の戦が始まって数分(数時間か、もしくは数日という設定か?)しか経っていないのに、早くも景勝側では兵糧が底をつき始めました。ちゃんと備蓄してから戦を始めましょう。
「腹が減っては戦はできぬ」というので、どうするかあれこれ思案をめぐらせます。春日山西麓の桑取から兵糧を調達することに。ところが桑取の連中は一筋縄ではいかない猛者ぞろい。命を捨てる覚悟で、桑取の連中と話をつけに行くことを兼続くんが志願します。

途中の小川で、怪我をした草笛光子さんに出会います。これから桑取へいくという兼続くんに、「桑取へは行くな」と忠告しますが、彼女の忠告も聞かず、その上どこの誰とも知れない草笛さんに刀を預け、丸腰で桑取へ向かいます。
兼続くんが桑取行きを志願したあたりから話が見えていましたが、草笛さんとのやりとりで先がすっかり見えてしまいました。後の展開はおおよそ予想通りだったので、以下略。
(こうも話の先が読めてしまう上に、感動も何もないドラマ展開って、いったい・・・)

さて、今回初登場したのが信玄亡き後の武田家の当主武田勝頼。ヒステリックでわがままで、これだから武田は滅んだんだよ、と短絡的にとらえられてしまわれそうなかわいそうなキャラにされています。妹の菊姫にも「兄は家督を継ぐような器ではない」的なことをいわれてしまっています。
この菊姫、後に景勝の正妻になる方ですが、弓術をたしなんでいるところなど、ちょっと一筋縄でいきそうにない方のようです。ある意味お船さんといい勝負かも・・・

お船さんといえば、信綱さん、兼続の話ばかりするお船さんに激怒していました。
床の前で一晩、夫の来訪を待ってまんじりともしなかったお船さん。信綱さんはお船さんの姿を見て、知らぬ顔を決め込みます。
そんな夫の依怙地さに開き直ったのでしょうか、陣中でお結びを配り、兼続くんに堂々と話しかけていました。

そして、景虎さまは、どんどん暗黒面へ引きずりこまれてゆくのでした。



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『天地人』 第11回「御館の乱」

ついに御館の乱勃発です。
相変わらず緩慢とした戦ですが。

仙桃院さんのもとに事態の収拾を求めに行った兼続くん。景虎さまに斬られそうになり、あわやのところを仙桃院さんによって助けられました。

「本丸(この言い方も妙に引っかかります)に赴き、我が殿の配下になるように」とあからさまには言わなかったですが、それに近いことを言い、景虎さまをますます怒らせてしまった兼続くん。

戦が始まろうとしているのは自分のせいとして、何とかしなければ、とそのあたりの責任感は認めてあげたいですが、すべて人頼みにして解決しようとするのはいただけません。
再度仙桃院さまのところに救いを求めに行こうとしたり、策のないスタンドプレイがあまりに目立ちます。
挙句の果て、殿に「何とかしてくれ〜」と泣きを入れに行く兼続くん。(毘沙門「洞」にこもる殿のもとに赴いた兼続くんの殿に対する物言いは、私にはそんな風に受け取れました。)
そんな兼続くんを見る殿の目が、どこか憂いを含んでいるように見えたのは、錯覚だったのでしょうか・・・
仙桃院さまは、兼続くんがいれば、景勝は安心、といっておいででしたが、事態をよく見えていないようです。
兼続くんこそ最大のトラブルメーカーという気がして仕方ないのですが・・・ そういえば、信長サマが、意味不明のことをつぶやいていました。 「謙信なら俺を止めることができたであろうに…」?


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『天地人』 第10回「二人の養子」
景勝の屋敷に殴り込みをかけた柿崎晴家でしたが、奮闘むなしくついに討たれてしまいました。
本来ならば、謙信の死後、すでに登場しない晴家ですが、退場する場面を作ったということでしょう。

相変わらず暢気な上杉家中です。
危機感、緊迫感というのがまったく感じられません。
お船さんは胸騒ぎを感じていたようでしたが、夫の信綱さんはいたってのんびりとしていました。

柿崎さんの乱入のお見舞いに、景勝のもとを訪れ、兼続くんの無礼な質問に激怒する景虎さま。
見舞いと称してのこのこ出かけていっちゃう景虎さまも景虎さまですが、それにしても兼続くん、ずいぶん偉くなったようですね。景虎さまへの詰問もさることながら、景虎さまより上座に座っての物言い、あれはだれだって怒ります。

「二人の養子」の思惑とは別のところで、家臣たちはさまざまに画策を重ねます。
暢気な人々の中にあって兼続の父惣右衛門さんだけが危機意識を持っていました。
自分が景勝様を説得するから、早く本丸を押さえよ、と。
兼続くん、与七くん兄弟は本丸を目指します。
「与七はわしから離れるな!」って、自分もへたれなくせに、一応兄貴風を吹かせてみたりします。
途中、景虎方の兵と遭遇し、白兵戦が繰り広げられます。
織田方の兵は斬れなかったのに、敵とはいえ、同じ家中の人間には容赦がない兼続くん。(やはり、景虎さまに嫌われるわけです。)

惣右衛門の働きによって、景勝も実城を目指し、ついに景勝方が実城を占拠します。

兼続くんは争いの仲裁の懇願に仙桃院のもとを訪れます。(この期に及んで仲裁を懇願しに行くというのも、何なのでしょう。よくわかりません。)もちろんそこは景虎屋敷。景虎さまとも遭遇してしまいます。
今回の一件は兼続の仕組んだものと、景虎さまは抜刀して・・・

来週は、景虎さまに斬られて、兼続くんの最期・・・(うそです)

惣右衛門さんの登場は少々唐突な感じでしたが、原作では、惣右衛門さん、節目節目で大切な役を演じています。(と記憶しております)温厚そうな外見の裏に、決めるところは決めるといった人物として描かれていました。原作の兼続には少しも魅力を感じませんでしたが、惣右衛門さんは結構インパクトがありました。ドラマの中でも今後の惣右衛門さんに期待したいです。
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『天地人』 第9回「謙信死す」
今回は、上杉家の危機管理能力のなさが浮き彫りに・・・

病に倒れた阿部謙信、ついに最期の時を迎えました。
そばで看病する兼続くんに
「そなたの義」
という言葉を残して。
謙信は二人の養子には言い残すこともなく、兼続くんにだけ、「遺言」を残しました。
ひょっとして、謙信の真意は「家督は兼続くんに」・・・?

謙信の死を知って景勝、景虎、重臣たちが一堂に会して家督をどうするか、もめる。
家督相続の渦中にある当の本人達を前に、ああでもないこうでもないとそれぞれが家督について主張し合うというシーン、いろいろな意味ですごいと思いました。
それぞれがそれぞれのことを主張しあい、取っ組み合いのケンカが始まろうとしたその時、
妙椿尼の言葉によって、その場は波が引いたように静まり返ります。
「家督は景勝さまに・・・」御舘様がそう言っていた(言っているように見えた)と。
妙椿尼さん、何者かに憑依されていたようでしたが・・・

妙椿尼さんの奇妙な「託宣」を真に受けて、仙桃院さんの呼び出しにるんるん気分で応じる兼続くん。ところがあの「託宣」は真っ赤なうそであることを知らされ、おそらく気分は奈落の底へ。
真実はその場にいた仙桃院、妙椿院、お船、そして兼続くんの4人の胸にしまうことでひとまず落着。
部屋を出しなにお船さんから「何かあったときにはあなたを頼ります。」と、いきなり頼られてしまう兼続くん。「私を頼りなさい」の間違いではなかったのでしょうか。兼続くんよりお船さんの方がよっぽど強いと思うのですが。

景勝のもとにやってきた兼続くん。今度は殿に
「命に代えても殿をお守りします」
と誓います。
「こやつに守ってもらうなんて、儂も落ちたものよ」・・・景勝サマがそう思ったかどうかは定かではありません・・・。

それにしてものどかです。
兼続くんと与七くん兄弟は、のんびりとおしゃべりをしながら葬儀の準備(書き物をしていたようでしたが、余計に間延びした感じでした)をしています。
そこへ突然鉄砲の音が鳴り響き、景勝の家督相続に不満を抱く柿崎さんが武装して景勝の屋敷に殴りこんできました。

柿崎氏は越後頚城郡北部に勢力を持っていた豪族ですが、謙信の時代には景家の代であったと思われます。一説に山本勘助を討ったのは柿崎景家とも言われており、かなりの猛将だったようです。生没年は正確にはわからないようですが、個人的には「柿崎氏」といえば景家の方がしっくり来る気がします。ドラマでは一貫して子の晴家が登場していますが、北条氏への証人という関係から登場させているのでしょうか。
柿崎氏が上杉家の重臣として重きを成していたであろうことは、春日山城跡に「柿崎和泉守屋敷跡」として、広大な屋敷跡が残っていることからもうかがうことができます。
晴家は謙信が亡くなる前年、逆心の罪で罰せられており、謙信が亡くなったときに暴れられるような状況ではありませんでした。
また、晴家の子憲家は、御館の乱では景勝側についています。


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『天地人』 第8回「謙信の遺言」
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 七尾城攻略、手取川(湊川)の戦い・・・と、今回は信長軍を蹴散らす破竹の勢いの上杉軍が見られるかと思いきや、見事に期待は裏切られ、ものの10分とかからないうちに戦が終わってしまいました。

七尾城攻略の後、月を愛でながらの酒宴で、かの有名な「九月十三夜」の詩を、朝嵐を奏でながら詠じるという演出も期待していたのですが・・・。もっとも「九月十三夜」は、謙信の作ではないという説もありますが、そのくらいの演出はドラマでしたら許されるでしょう。(帰陣してから毘沙門「洞」にて琵琶を奏でていらっしゃいましたが)「義」「義」とうるさく言う前に、そういう「優なる部分」を大切になさったらどうなのでしょう。

そして手取川にいたっては、初音の語りによって終了。
彼女が言うところによると、雨のせいで信長サマ自慢の「3000挺」の鉄砲が威力を発揮できずに、おまけに雨で増水した川にたくさんの兵がおぼれ、信長軍は敗走したのだと。(鉄砲撃ちの映像、長篠のときの使いまわし?)
初音はどうやら兼続に本当のことを言わなかったようです。
七尾城、末森城を攻略した上杉軍は、柴田勝家率いる信長軍と対峙するために松任城に陣を敷きますが、その際、能登畠山氏の家臣であった長氏一族の首五十余を近くの浜に並べるという挑発行為までしています。
増水した川を渡河して、まさに「背水の陣」の陣形で柴田軍が布陣したのは、七尾城をはじめとする能登方面の、信長方に呼応している諸軍の援軍を期待したからだと思われます。布陣した当初、柴田軍は七尾城などがすでに落とされたものと知らずにいたわけです。川を渡って布陣した後にそのことを知り、夜陰に乗じて退却を決行。その柴田軍の動きを察知した上杉軍が背後を突いたがために柴田軍は混乱。折からの増水で水かさが増した川におぼれるなどして1000人余りが死亡したと伝えられています。
上杉軍が敗走する信長軍を追わなかったのは、もしそこで追っていたら自分たちも信長軍の二の舞を踏むと判断したからでしょう。うまく渡河して信長軍を追ったとしても、間もなくやってくる雪の季節に退路をふさがれるのは必須。「義」だなんだと言う前に、自分らの命が危ない。

(ああ、なんだか自分がどっちの味方なんだかわからなくなってくる・・・)

敵とはいえ、首を切って並べるなどという残虐な行為、また、逃げる敵の背後を突いての攻撃、戦国の世にあっては常套手段ともいえる行為ですが、妻夫木兼続くんにとっては「あのお館様がするはずのない行い」でありましょう。真実を知ったら、卒倒するか、最悪自害してしまうかも・・・。初音はおそらくそういう兼続くんの性格を知って、「本当のこと」は言わなかったのでしょう。(と思うことにしておきます。)

兼続が実際に謙信と戦に出たかどうかは不明ですが、「謙信の後継者」という立場で話を進めるのであれば、一度くらい、戦に同行させてもよかったのでは?謙信の戦い方を一度も見ずに「後継者」を名乗らせるのは、片手落ちのような気がします。
それとも汚いことには目をつぶり、あくまで「神のような」謙信像を兼続くんの中で構築させたいという意図なのでしょうか。
個人的には手取川では、景勝の馬廻り的な立場で出陣していたのではないかと思いたいのです。

さて、ようやく兼続くん、蟄居が解かれ、春日山に再び出仕します。弟の与七(小泉孝太郎)を伴って。
あら?と思ったのは、季節、冬のはずですね?指折りの豪雪地帯にもかかわらず、雪がありませんでした。戦国時代の頃は、今と同じように暖冬だったという説もあるので、雪が少なかったのかもしれませんが・・・

春日山に帰ってきた兼続は、景勝や景勝の家臣たちから歓迎され、また、戻ってきた挨拶に直江家や仙桃院のもとを訪れます。
仙桃院さん、兼続くんに向かって「北辰である王景勝を支えて・・・」みたいなことを言っていましたが、御館の乱の後ならともかく、まだ景勝が次の「王」と決まったわけではないし、しかも景虎屋敷でその発言はまずいのでは・・・

ようやく謙信に目どおりがかなう兼続くん。
「迷うことで己の義が見えてくる」と謙信に説かれます。
関東出陣を前に毘沙門「洞」で倒れる謙信。以下、次週。


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『天地人』 第7回「母の願い」
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関東の北条氏の不穏な動きに、謙信は七尾城攻めを一旦中止して春日山城に戻ります。
一方、謙信から蟄居を言い渡された兼続は、自分自身を見つめるために上田庄の雲洞庵にこもります。
直江景綱は、死の直前、謙信に甥である兼続の許しを請うが、なかなか許してもらえません。
半年あまり時が過ぎ、上杉軍は再び七尾城攻めに向かいます。
兼続は雲洞庵で虚しく時を送るばかりで、祠に石を積んでは何事か祈りを捧げています。
半年ほど過ぎた頃、祠の周りの石の数がずいぶん増えているようでした。

そんな折、兼続の母藤の危篤の知らせがもたらされます。
それ以前にも、弟与七が、母が会いたがっているからと帰宅を促すが、兼続はそれをかたくなに拒んでいました。
死の間際にようやく母のもとを訪ねた兼続。最期を看取ることができました。

兼豊の髪を梳きながらのお藤さんと兼豊の会話や、お藤さんの死を看取る樋口家の人々の様子など、家族を主眼に置いたストーリーの展開は、心温まるものを感じました。
兼続も最期の最期に母に会うことができましたし。

お藤の四十五日の法要のあと、参列したお船を途中の宿まで兼続は送っていきました。
お船さんはかよと二人で春日山(与板?)からやってきたようです。
宿まで送った兼続は、荷物をかよに渡していましたが、途中の山道もおぼつかない様子で歩いていたかよに、あんな大きな荷物を渡して、この先大丈夫なのでしょうか。二人は無事に帰りつくことができたのかしら?と、余計なことを考えてしまいました。

途中の道すがら、兼続が季節外れの蛍を見つけます。
蛍というと、「あくがれいづる魂」と古の歌人が詠んだごとく、人の魂を象徴するものと相場は決まっていますが、案の定、出てきました。お藤さんが。
「紅葉は大事な木に自らの命を託して散ってゆく。あなたも紅葉のような人になりなさい」という母の言葉をかみ締める兼続は、二度と涕を見せまいと決意するのでした。
・・・ああ、そこで終わっていたらよかったのに・・・
お藤の亡霊が消えた後、なぜかそこにお船が立っていました。
兼続はお船に「もう泣かない宣言」をします。
「その言葉を父が聞いていたら、あなたに直江の家を継がせていたのに」
血迷ったか、お船。
この期に及んで兼続を挑発してどうするつもりなのでしょう????
お船のこのセリフに、この日のドラマも一気に興ざめです。

さて、ようやく直江信綱(山下真司)の登場です。
「恋敵」の登場に、信綱が挨拶しても、そっぽを向き加減の景勝。
最初から、殿のお気に召さない様子で、間もなく殺されちゃうのでしょうし、なんだか幸薄い感じがして、彼の気の毒な前途が思いやられます。


今回の「天地人紀行」は七尾城跡が登場しました。
石垣の美しさは絶品です。
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『天地人』 第6回「いざ、初陣」
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信長を討つべく西上を開始する上杉軍。兼続はその軍への同行を許され、いよいよ初陣を飾ることに。
ところが、命乞いする敵を斬ることができず、陣中で、景虎の家臣と抜刀の喧嘩沙汰となり、兼続は謙信から戦線離脱を言い渡されます。

兼続の初陣がいつだったか、また、御館の乱以前の兼続の戦歴がどのようなものであったか、記録に残されてはいないので、このあたりはどうとでも描けるところです。
初陣はもう少し早かったかな、という気がしないではないですが、越中・加賀攻めに兼続が参戦していたというのは大いにありうることかと思います。
相手にも母がいると思ったら、斬ることができなかった・・・人としてごく当然の心情だと思います。ところが、相手の方が一枚上手で、命乞いが「ふり」であったことを兼続はその直後に思い知らされるわけです。兼続の元にやってきた(おそらく加勢にきたのでしょう)味方が、命乞いをした敵によって討たれてしまいます。
戦の無情さと自身の非力さを思い知らされた瞬間だったかもしれません。
そんな兼続も、やがては閻魔様に書状を書くまでになるわけですね。

ところで、越中では、上杉軍はだれと戦っていたのでしょう。
相手は織田家の旗を持っていたようでしたが・・・

戦のシーンが出るたびに気になるのは、上杉家の軍旗。「毘」と「龍」が、仲良く登場していますが、あの「龍」は、きちんとした楷書で書かれていて、「乱れ懸かり龍」なんでしょうか。
それからOPで、妻夫木兼続が持って田んぼの中で振り回しているピンク文字の「愛」の旗。確かに「愛」の字が記された軍旗はありますが、草書でどっしりとした文字で書かれています。あれを見るたびになんだか力が抜けていくといいますか・・・

兼続の初陣の話の合間に、お船さんの婚姻話がようやく決まります。
相手は総社長尾家の長尾景孝(信綱)です。
やっと結婚、ずいぶん遅いなあという気がします。

高野山に龍光院というお寺がありますが、このお寺の三十六世が法印権大僧都清融という方です。
清融は寛永八年(1631)に没していますが、高野山の資料に「直江山城守息」または「直江山城守庶子」と記されているそうです。清融の没年から逆算すると、天正二年(1574)生まれということになり、天正二年当時兼続は15歳。不可能ではないかもしれませんが、この当時、景勝の近習として仕えていた兼続に子があったとするのは不自然です。とすると、高野山の資料にある「直江」は「山城守」とありますが、兼続ではなく、信綱ではないか。つまり信綱とお船の間に儲けられた子であろうと思われます。
そう考えると、少なくとも天正元年頃にはすでにお船と信綱は結婚していたと思われます。(天正元年当時お船17歳)ですから、あの当時、お船が兼続をからかって遊んでいたことはおそらくなかったであろうし、男衆に混じって大酒を飲むようなことはまずなかったであろうと思われます。











 
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