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『天地人』 第6回「いざ、初陣」
JUGEMテーマ:天地人


信長を討つべく西上を開始する上杉軍。兼続はその軍への同行を許され、いよいよ初陣を飾ることに。
ところが、命乞いする敵を斬ることができず、陣中で、景虎の家臣と抜刀の喧嘩沙汰となり、兼続は謙信から戦線離脱を言い渡されます。

兼続の初陣がいつだったか、また、御館の乱以前の兼続の戦歴がどのようなものであったか、記録に残されてはいないので、このあたりはどうとでも描けるところです。
初陣はもう少し早かったかな、という気がしないではないですが、越中・加賀攻めに兼続が参戦していたというのは大いにありうることかと思います。
相手にも母がいると思ったら、斬ることができなかった・・・人としてごく当然の心情だと思います。ところが、相手の方が一枚上手で、命乞いが「ふり」であったことを兼続はその直後に思い知らされるわけです。兼続の元にやってきた(おそらく加勢にきたのでしょう)味方が、命乞いをした敵によって討たれてしまいます。
戦の無情さと自身の非力さを思い知らされた瞬間だったかもしれません。
そんな兼続も、やがては閻魔様に書状を書くまでになるわけですね。

ところで、越中では、上杉軍はだれと戦っていたのでしょう。
相手は織田家の旗を持っていたようでしたが・・・

戦のシーンが出るたびに気になるのは、上杉家の軍旗。「毘」と「龍」が、仲良く登場していますが、あの「龍」は、きちんとした楷書で書かれていて、「乱れ懸かり龍」なんでしょうか。
それからOPで、妻夫木兼続が持って田んぼの中で振り回しているピンク文字の「愛」の旗。確かに「愛」の字が記された軍旗はありますが、草書でどっしりとした文字で書かれています。あれを見るたびになんだか力が抜けていくといいますか・・・

兼続の初陣の話の合間に、お船さんの婚姻話がようやく決まります。
相手は総社長尾家の長尾景孝(信綱)です。
やっと結婚、ずいぶん遅いなあという気がします。

高野山に龍光院というお寺がありますが、このお寺の三十六世が法印権大僧都清融という方です。
清融は寛永八年(1631)に没していますが、高野山の資料に「直江山城守息」または「直江山城守庶子」と記されているそうです。清融の没年から逆算すると、天正二年(1574)生まれということになり、天正二年当時兼続は15歳。不可能ではないかもしれませんが、この当時、景勝の近習として仕えていた兼続に子があったとするのは不自然です。とすると、高野山の資料にある「直江」は「山城守」とありますが、兼続ではなく、信綱ではないか。つまり信綱とお船の間に儲けられた子であろうと思われます。
そう考えると、少なくとも天正元年頃にはすでにお船と信綱は結婚していたと思われます。(天正元年当時お船17歳)ですから、あの当時、お船が兼続をからかって遊んでいたことはおそらくなかったであろうし、男衆に混じって大酒を飲むようなことはまずなかったであろうと思われます。











 
2009 NHK大河ドラマ『天地人』 comments(0) trackbacks(1)
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根本的に時代劇っていうのを勘違いしているんじゃなかろうか? ある程度ドラマが盛り
| 自記公開書 | 2009/02/10 08:21 |
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